定式化とその意義
定式化とは、”式” という一種の言語表現に当てはめる事、又はその方法論のことを言う。
定式化の対象は、”式” から余りに縁遠いものよりも、表現に形式や規則を持ったものが通例である。
例えば「前提」や「言明」の為にPredicate Logic (特に階数は指定せず) は今でも使われている。逆にこれらの形式言語は「前提」や「言明」を表現する為に、表現力やその同値性について研究が行われ、改良されている。
定式化は便利な道具であると同時に、責任ある文章をメディアで発信するからには備えておきたい教養だとも思う。
これが訓練を受けた一部の者だけが身に付ける、狭いコミュニティにおける単なるリテラシー — アカデミアで蓄積された言語表現に関する継承文化 — に留まっているのだとすれば、人々にとっては非常に勿体ない。
— とは言うものの、当然のことながら特定の言語表現に万能なものは存在しない。
貧困な言語コミュニティ (e.g. 年齢が低い等) や文化的マイノリティの一部のグループにおいては、言語表現豊かである事がコミュニティにおける受容と称賛を意味しない。この逆のケースもある。
最適な表現は文脈に依って変わる
これは一つの真実である。
にも関わらず、定式化がより広い教養として有用である事もまた事実であろう。
私たちはそれが例え公の場であっても、未定義の用語をそうと断らずに使ってしまう事があるし、時に前提や仮定、結論をごっちゃにしてしまうかも知れない。主語や目的語は気づけば欠落し、世に蔓延する問題提起はしばしば — 読む人の数だけ問題の解釈が変わってしまう程に — 問題の体を成していない。
医療、防衛、研究、政治、ビジネス、あらゆる “シリアス” な文脈 — これらを高次の言語文脈
と呼ぶことにする — で定式化の作法は暗黙に参照されるし、歓迎される。その意義は大きい。
社会的・文化的背景に根差す形式表現への抵抗
明治に入って西洋文化を積極的に受け入れて来た日本は、外国の色がどれだけ付いていてもコモディティ化されたものに対しては今も昔も寛容であった。
しかしこれは、心的態度込みの文化への理解と受容を必ずしも意味しない。
西洋文化圏の高等教育を近くで観察すると、Plagiarismを始めとする学問的誠実性、Small Group Communityに見られるリーダーシップ、プレゼンテーション、挙げればキリがないが、主張や課題を人と共有する事に対する責任や作法への深い議論に基づく体系的な教育体制が敷かれている。それも私が国外にいた15年以上も前のことである。
日本においては、表現の拙さや落ち度の許しを求める「甘え」が、年齢に関わらず比較的広範に容認されるという幼児性の社会的受容度の高さが認められる。これは土居健郎の「甘え」の構造
の論を借りると、表現に対する権利と責任の (適切な) バランスが崩れているのであって、ここでの「甘え」は、それがあるやなしや、”意味を確定させる” 形式を拒絶する。
この現象を『奥ゆかしさ』とか『粋』とか、そんな風な日本の美徳が言語表現の解像度を上げる形式化とある種の対立構造にある、と解釈して意に介さない人もいる。しかしここでもやはり、
最適な表現は文脈に依って変わる
のである。
少なくとも高次の言語文脈
において、主張や課題を明確に表現する事は必要であるし、そこに忖度は認められない。
政治文脈で責任の所在を曖昧にする為に使われる無数のレトリックは、知識人からすれば滑稽であるし、日本だけのものである。
言葉で伝えていないものは伝わらない
という事が当たり前の世界(文脈)は確かに存在する。
変わりつつある日本
生活に非対面の情報・言論が浸透した現代において、
が求められる状況に遭遇する機会は多くなった。形式的言語表現
これは勿論私の仕事や関心事に起因するものもあるが、それだけでは説明が付かないものも多い。
実際、質問の相手が質問の内容を補完しづらい非対面コミュニケーションを取る機会が一般に多くなった。[1]各社サービスに導入されているサポートBot、QAフォーム、検索エンジン等。対象に依っては求められる言語表現のレベルも高く、今後この傾向は続くか、今よりも促進するだろう。
質問を投げかける相手が人でもロボットでも、良い回答を得ようとすれば良い質問が必要だから、自分が質問したい (知りたい) 内容と質問を受けた相手が認知する内容とのギャップを最小化できるような方法論が求められる。形式的言語
は正にこのような用途に適った道具で、定式化は形式的言語
の取り扱いを含む一連の作法なので再現性が高い。
続く記事では、定式化という現象そのものに着目し、未整備で荒唐無稽な情報空間から(厳密な意味での) 式 (formula) を構成し、構成された幾つかの式が過不足無く主張を表現する為の条件を説明することを試みる。
Footnotes
↑1 | 各社サービスに導入されているサポートBot、QAフォーム、検索エンジン等。 |
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